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子育てのクロス・ロード 1

梅崎高行/細川美幸 往復書簡

掲載:2018年4月15日




今日は子どもの習い事の日です。
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 ですが子どもが『行きたくない』と言いはります。
あなたはそれでも連れて行く?

細川  
 これは,たくさんのおうちで見られる光景かと思いますが,皆さん,どうされてるのかな,と思って。時と場合による,でしょうけれど,そこのとこ,考えてみたいと思いました。
ちなみに,この場面は,私が第3子出産後,産院から退院して実家で療養しているときの,第1子とのやり取りです。もっと言うと,その1週間前は私が退院した日とかぶったので,私たちのほうから「今日は習い事休もうか」と休みにしました。

 その次の週のことです。そして,なぜ行きたくないのか5歳の息子に聞いたところ, 前回の習い事のときに「うまくできなかったから,もう嫌だ,行きたくない,面白くない」という理由でした。さらに言うと,

 そもそもこの習い事は,息子が積極的に「どうしても習いたい!」と言い出したものではなく,親が「この習い事は子どものために良いのではないか」と思って始めたものでした。私は,親の都合で休ませたり行かせている自分たちに負があると思いつつ,「できなかったから面白くない」とあきらめるわが子を受け止めきれず「こうやってこの子はなんでもあきらめていくんじゃないか」と焦り,結局その日はギャーギャーお互いに言い合いながら,力づくで拮抗しあいながらも,無理やり連れて行きました。

 帰ってきたら「楽しかった」とケロっとしていました。そして数ヶ月経った今は,その習い事に少し自信がついてきて自らすすんで行くようになっています。

 振り返れば,「たった1日ぐらい,しかもあの時期のそれは退行でしょ,受け止めればよかったのに」とも思います。でもあの時は妙に焦ってムキになってしまっていました。(産後のホルモンのせい!?)反省。
 そもそも,なぜ,親は,子どもに,習い事をさせるんでしょう?子育てのある部分を,自分たち親ではなく,他人にゆだねて,預けているわけだけど,そもそも,何を預けているのだろう?それと,モチベーション研究の梅崎さん,「行かぬならやめちまえ」方式と「行ったら○○買ってあげるよ」方式と「行きなさい!」方式と,どんな方式が子どものモチベーションを上げるのでしょうか?
 ご指南ください。


梅崎  
1.問いの整理
答えがい,考えがいのある問いをありがとうございます。頑張って考えます(笑)。まず,細川さんの問いは「表の問い」と「裏の問い」に分けられますね。

  細川さんの問い(表向き)
1. なぜ親は子どもに習い事をさせるのか
2. 自分ではなくなぜ他人に任せるのか
3. 次のうちどの接し方が,習い事に対する子どもの動機づけに有効か
① 行かないならやめなさい
② 行ったらご褒美をあげる
③ とにかく行きなさい!

 次に裏の問い。裏の問いも,表の問い同様に3つあるように思われます。

細川さんの裏の問い(1):行かないと言い出した責任は私たち親にあるのではないか。なぜなら,始めるきっかけは私たち親だったから。そして,「行きたくない」と言い出したのは,親の都合で休ませた直後のできごとだったから。

細川さんの裏の問い(2):しかし,ここでやめることを認めれば,簡単にあきらめることや,やめれば済むことを,学習してしまうのではないか。

細川さんの裏の問い(3):もっとも,すったもんだした後は,習い事を楽しみ,自信をつける姿も見られた。ただ,そうであったとは言え,「あれでよかった」と単純に振り返ることはできないし,今度また似たようなことが起きたらどうすればいいのだろう。

 上のように整理させていただき,考えてみたいと思うのですが,「表」の問いにせよ「裏」の問いにせよ,習い事についての知見や習い事をめぐって語られる経験は,現在進行形で悩む親にとって残念ながら,ほとんど何の役にも立たないようです。と言いますのも,私が調べた限り,習い事に関する先行研究の多くは回想的な手法を用いて行われており,'過ぎてしまえばよい思い出'と結論されることが多いからです(もしかしたらこのことが,今の細川さんにはとって何よりの示唆かもしれません。つまり,そのうちきっと楽になりますよと)。

 そして,細川さんも「時と場合によるだろうけど」と承知していらっしゃいますが,時と場合以上の個別ケース―世界にたった一人の息子と私の悩み―だからこそ,なかなかすっきりと解決できることがないのでしょう。習い事,それは決して一般化できない悩み事なのかもしれません。

2.表の問い2 自分ではなくなぜ他人に任せるのか
 だからこそ私たちは,様々な個別の歴史を抱えた'親子関係'から切り離し,〔教える―学ぶ〕を単なる「物事の習得」へと単純化するために(それ以外は考えなくて済むように),先生や指導者と呼ばれる他人にわが子を託すのではないでしょうか。
 たとえば先週,初めて板を履いた私の息子(5歳)も,私に抱かれて滑るうちは満足に雪の上に立てるようにもなりませんでした。しかし,2時間のスキースクールに放り込んだ後は,たちまちパラレルで2kmを滑走するようになったのです。
 ということで,表の問2は終了でよろしいですね(笑)。

3.表の問い1 なぜ親は子どもに習い事をさせるのか
 そうした習い事を,そもそもなぜ親はさせるのか,というのが表の問い1です。
 ベネッセ教育総合研究所(2013)によれば,小学校高学年の9割が,何らかの習い事をしていると言います。学校教育とは異なる恩恵(たとえば感情のコントロールやチームワークなど)を,習い事(学校外教育)が子どもにもたらすという報告もありますし(Larson et al, 2006),事実そうした期待が,習い事をさせる親の動機としては一般的なものではないでしょうか。
 また,たまたま今日(2018年2月1日)の国会でもそうしたやりとりが見られたのですが,幼児教育無償化などによって公教育が加速した場合に,わが子を差別化するのは習い事しかない,と考える向きもあるでしょう。話が少し脱線しますが,だから貧困が問題になるのだと思われます。
 以上が表の問1に対する返答なのですが,すべて推測の域にある話であるため,手元のデータも紹介してみましょう。

4.習い事の調査(1)
 私はいま,習い事について縦断調査を実施しています(梅崎・酒井,2017)。ここで紹介するのは,小学生200名弱,すべてサッカーをしていて,しかもサッカーが上手な子どもたちのデータです。
 このうちサッカーのみを習っている子どもは26.3%に過ぎず,7割強はサッカーに並行しながら他のことも習っています。ちなみに他の習い事ベスト3は,1位スイミング(24.1%),2位くもん(18.2%),3位そろばん(14.6%)でした。 これらサッカー以外の習い事("/"以降にサッカーのデータを併記)を始めたきっかけは,①「自ら希望して」が29.3(/38.7)%,②「親の勧め」が44.4(/17.5)%,③「きょうだいの影響」が23.2(/38.7)%,④「その他」が3.0(/5.2)%でした。

 また,習い事(/サッカー)に対する親の評価について,5件法のうち「5=よくあてはまる」と「4=あてはまる」の合計を見てみます。すると,①「その習い事(/サッカー)が好きである」については,67.0(/97.0)%,②「日々上達している」については,85.0(/85.4)%,③「楽しそうに頑張って取り組んでいる」については,66.0(/94.9)%でした。

 これらデータは,「いつまでサッカーを続けてほしいか」の問いに,「プロ」や「日本代表」と答える割合が52.5%にも達するサッカーの上手な対象群のデータです。したがって偏りは大いにありますが,ここから示唆されることを考えてみたいと思います。

 まずきっかけについて,日本代表を夢見るようになったサッカーとサッカー以外の習い事との間で,大きな差があるわけではないと言えそうです。ただし,他の習い事については,'サッカー漬け'を危惧した親の意志が,サッカーに比べて強く働いているように思われます。

 また評価については,サッカーもサッカー以外の習い事も,やれば上達する'先駆けの論理'が認められると言ってよいでしょう。子どもは順応性が高く,やらせればたいてい上達しますし,少なくともやっていない子どもよりは上手になることが多いです。このことから,きっかけはどうあれ,やり始めたわが子の姿を追いかけるように,親の支援が増していく現実があるのでしょう(もちろんその反対もあるでしょう)。特に本対象児は,自他ともにサッカーにタレントを見出す子どもたちであり,他の習い事に比べて格段に「好きそう」に,また「楽しそう」に見えるため,「それならば!」と親も,応援する気になるのでしょう。

 このように考えますと,親の期待は子どもの姿に応じて,逆U字曲線を描くように発達するものなのかもしれません。つまり「元気で生まれてくれば他に何も望まない」といった(控え目な)子どもへの期待は,「うちの子,天才かもしれない」という錯覚(!)によって頂点に達し,子どもが'ただの人'に成り下がるころ,「やっぱり私の子だものね(笑)。夢を見せてくれてありがとう」と落ち着くものなのかもしれません。

 以前,細川さんへ個人的にご紹介させていただいた「きみのいたばしょ」(池田伸著,サンクチュアリ出版)にも,そういうフレーズがありましたね。ということで,ひとまず表の問1の回答はここまでとします。

(次回につづく)