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『イタリアのフルインクルーシブ教育ー障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念ー』
著者:アントネット・ムーラ
監修:大内進 訳:大内紀彦
出版社:明石書店
出版年:2022年
出版社書籍案内ページ:https://www.akashi.co.jp/book/b613193.html
評者:林 恵(会員)
2022年夏の終わり、障害児を主とした特別支援教育に携わる人たちはそのニュースを聞き、自分たちの立ち位置を確認し、もしかしたら少しの苛立ちと不安を覚えたかもしれない。国連欧州本部で「障害者権利条約」に関する審査があり日本の障害者施策に関して改善勧告が出された。その中で特別支援学校や特別支援学級について、分離教育を中止し、すべての子どもたちが一般的な学校(通常の学級)で学べる保障をするよう要請した。
日本の特別支援教育は、そこで実践を行う先生方の絶え間ない努力があり、世界的に見ても相当高いレベルにあると思う。障害が重い子どもに対しても個に応じた教育が緻密に組まれ、ほとんどの子どもが高等部まで進学し、卒後の進路選択に関しても丁寧な支援がなされている。インクルーシブ教育が注目される中、このような勧告は当然といえども、ちょっと乱暴だと感じた人もいたに違いない。障害者権利条約24条にはインクルーシブ教育の実現に必要なことが細かに示されているが、実際に国連の勧告は「今すぐにフルインクルーシブにしなさい」ということではなく、24条に基づいて「分離教育の廃止を見据え、目標を定めながら進めていくように」という勧告だと言える。今回の勧告は日本のこれまでの特別支援教育を否定するものではなく、むしろその積み上げた技術を一般の教育(便宜上そう記す)に指教する方向に向かわせるものだと思う。
イタリアは1970年代には障害児のための学校を廃止し、フルインクルーシブ教育へと舵を取った。本書「イタリアのフルインクルーシブ教育」にはそれらの基となる思想を含め、イタリアの教育の歴史が詳しく述べられている。訳者の大内紀彦氏はイタリアに留学を経験した日本の特別支援学校の現職教員である。イタリアで日本とは異なる教育制度を体感し、日本の障害児者が地域社会から切り離されて生きていく様子に、教育や社会の在り方を根本的に見つめなおす必要があると考え、本書を出版したという。
本書はイタリアの「ぺダゴジア・スぺチャーレ」の進展を紹介し、障害のある子どもたちの教育と通常の教育の間の壁を取り払うために、イタリアの教育制度において、障害がある子どもたちの教育が進化し、すべての子どもが共に同じ学級で学ぶフルインクルーシブ教育が成り立つようになった過程が描かれている。著者はこの過程を「障害を共同体に所属し、資源として活用する考え方によって成り立っている」と指摘している。また、障害者の社会参加を「当たり前にする必要性」が世間に認知されているにも関わらず古い考え方が障害のイメージを決めつけており、専門職がかかわる学問分野だけで扱われるべきではないと述べ、強い関心と専門知の共有、多元的な仕事の視点とメソッド、領域を超えた対話と学際的な議論が必要だとしている。 この教育に至る背景に関連し、「アヴェロンの野生児」に関わったイタールとセガン、セガンの影響を強く受けたマリア・モンテッソーリの理念がどのように生まれたのかも詳しく紹介されている。
ここで書かれていることは、国連に勧告された日本が今後どのように進んでいくか、日本の特別支援教育の在り方だけではなく、社会が人間という地続きのバリエーション豊かな資源をどう生かしていくのか、その道を照らす一助になると考える。