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『どの子も違う ─ 才能を伸ばす子育て 潰す子育て』

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著者:中邑賢龍
出版社:中央公論新社
出版年:2021年
出版社書籍案内ページ:https://www.chuko.co.jp/laclef/2021/06/150731.html

評者:荒砥悦子(会員)


 自分の好きなことをしゃべってばかりいる子ども、思い通りにならないと泣き叫ぶ子ども、まったくしゃべらない子ども、ウロウロして教室に入らない子ども・・・

 こんな子どもばかりの教室の風景を見たら、学級崩壊しているのか、と思うのではないでしょうか。

 しかし著者は違いました。そういう子どもたちを見て、「ワクワクした」と言うのです。

 著者は東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野教授。2014年に異才発掘プロジェクトROCKET」という学びのプログラムを開始しました。2014年から2019年までの5年間で、2035人の子どもたちが応募し、セミナーへの参加者は8612人に上りました。

 スカラー候補生として選抜された127人の子どもたちはそれぞれが個性的な動きをしていて、これを見た著者は「これはルールなんかでとても縛れなそうだ」(原文ママ)と語っています。

 席に座らなくても良い、教科書もなく、時間割もなく、活動の目的も非常にゆるやか、子どもの興味ややりたいことに従って自主的活動を重んじる方針で、その結果子どもの力が引き出されていくのです。

 私が驚いたのは、協働もしない、ということでした。日本の教育で成功例とされている、小グループで議論しながら課題解決する、という活動がないのです。強い主張の子どもに引っ張られて、自分のやりたいことができない環境になってはいけない、という考えからです。一人でできることを基本とし、人と一緒にやりたければそれでもいい、ということです。

 どうしてこんなプログラムをつくろうと思ったのでしょう。

 これから日本に必要な人材として、「自由で革新的な主張を実現できる行動力のある人」と考え、個性的ゆえに既存の教育になじめなかった子どもの潜在能力に注目したのでした。その一方で、人として社会性も身につけなければなりません。その両方を満たす実験的な試みが、これでした。

 日本では、親は子どもに世間並みに育ってほしい、そう教育するのが親の務めと思うのではないでしょうか。ところが、うまくいかず悩む親に、「人は皆違うという事実を理解しておくことが不可欠」で、「子どもには最初から教え込まずに見守ることが大切」と著者は言います。もちろんそれが非常に難しいことだというのは、誰もが認めるところでしょう。

 そういう中でROCKETプロジェクトでは、迷惑行為は厳禁ということを親も承諾しており、旅先でも集合時間に遅刻すると置いて行かれるのです。そこで自分の行動に責任をもつことを、教えることができるのです。こういったメリハリは、迷える親にとって参考になるのではないでしょうか。

 また、ゲームの危険性も示唆しています。ゲームの一部は今やプロ選手がいるeスポーツ競技になっていますが、子どもは単なる現実逃避でのめりこんでいることもあります。スモールステップで小さな成功をいくつも重ねて達成感を味わわせ、失敗は人に知られることなくやり過ごすことができる、という特徴により、人の心をつかんでいます。

 それに対して現実の生活では、評価してもらえず叱られることが多くなり、つまらなくなってしまう子どももいます。そうならないためには、子どもの個性によって学習の条件を変える工夫が必要だと著者は言います。例えば、電卓使用を認めるとか、回答はひらがなだけでいい、などです。

 「親自身の持っている枠が狭いと、狭いその中に子どもを縛りつけることにもなりかねない。」と著者は言います。杓子定規な社会の価値観―著者が「壁」と表現するもの―を具体的に示されると、読者は自身の価値観を見つめ直すことになります。

 世間並みに、という考えから自由になると、子どもの言動も受け入れられて、小さな成功を素直に喜べ、よい親子関係が作れるのではないでしょうか。本書で紹介されているたくさんの事例からうまれる気づきは、子どもだけでなく親も育て、社会をも変える力を秘めている、そう思えてなりません。


【評者紹介】

荒砥悦子(豊島子どもWAKUWAKUネットワーク)